990号
2014年05月09日
▼「8年も日本に住んでいて、何も悪いことをしていないのに。先進国ではありえません」
そして「日本のお役人は……」、右手を頭の上でぱっと開いてみせた。“おばかさん”ということなのだろう。
ビザが更新されず、今月に国外退去を余儀なくされたフランス人のKさんが憤る。私の子どもたちと同じ合気道の道場に通う一家だ。東京の谷中に住んでいて空手もたしなむ。国際色豊かな家族で、この春中学に入学したK君は、父親と話すときはフランス語、母親と話すときはスペイン語、そして妹と話すときは日本語を使う。Kさんは最近、何度目かの審査でようやく黒帯をゲットして、意気揚々としていたところなのに。
安倍政権は外国人労働者の受け入れ拡大を新たな成長戦略に掲げている。東日本大震災の復興事業や東京五輪で不足した建設労働者を想定しているらしい。その前に、日本のファンである外国人を、簡単に追い出す政策を改めてほしいものだ。(小林和子)
▼「集団的自衛権歓迎」などと内政干渉に来たようなオバマ米大統領と入れ替わりに、米国のセブン-イレブン店舗オーナー代表団が来日した。本家の米国セブンを買収して日本型の(鈴木敏文方式)フランチャイズ契約に変えてきたセブン商法が日本と同様に米国で訴訟になっていることは、本誌セブン-イレブン連載(執筆・渡辺仁さん)で紹介したが、大手メディアはこれをスルーしている。
問題なのは、巨額の広告費でメディアの口を事実上封じているセブン&アイ・ホールディングスのやり口だけではない。「中立・公正」づらをする新聞、テレビ、ラジオの悪質な偽善性である。社会正義も言論もTPPも原発再稼働も憲法解釈さえも、権力や財力や部数や電波によってねじ曲げられている現実。侵略の歴史をねじ曲げ、偽装の伝統や誇りを声高に唱える者たちと、品性において似ている。これら事象を見ると、すでに「戦後レジーム(体制)」は脱却され、「戦前レジーム」に軸足を移しているようだ。(片岡伸行)
▼日々腐りゆく世に生きて、失うまいと思うのは想像力だ。経済同友会終身幹事の故品川正治氏が半生を綴った『手記 反戦への道』(新日本出版社)に、敗戦翌年の5月、部隊ごと上海から山口の港に引き揚げる途上の船内での出来事が記されている。その前月の古新聞に掲載されていた新憲法草案を戦友の前で隊長の命令により朗読した際、九条のくだりにきて、聞いていた彼らが隊長以下全員大泣きし出したという。彼らが涙を流した心情を想像し、思う。死地から生還した旧兵士が感涙した九条の意義は、今も変わりはしないと。殺し、殺されるという行為に私たちが手を染めるのを正当化する根拠など、無に等しい。だが、いつの時代にもいる人間のあるべき道から外れた行為を扇動する輩共は、自身は決して死地に赴かず、また赴く気もない連中なのだ。「安保法制懇」に並ぶ御用学者らの顔ぶれを見よ。再度思う。68年前の敗残兵が流したような涙を、未来の若者に流させてはならないと。(成澤宗男)
▼紙面の片隅に載っていた「美容整形外科を女性13人が提訴 たるみ除去で痛み」という小さな記事が目にとまったのは、最近人物画のデッサンに凝り、顔への関心が深まったせいだろう。特殊な糸を皮下組織に入れてたるみを引き上げる整形を受け、顔や頭に強い痛みが残ったという訴えで、前からいろいろ噂のある医院らしい。
そんな怖い整形はともかく、美しくなりたいという気持ちは誰にでもあるのかもしれない。しかし、デッサンを正確に描くため、人間の骨格や筋肉の複雑でダイナミックな仕組みを学ぶにつれて、美醜の定義が変わってきた。造作が整っているかどうかでなく、骨と筋の動きによってあらわれる表情や眼の光などが気になる。
練習のため何人かの近しい人を描いてみたら、年を重ねた母の、ふくよかで、たるみとしわの宝庫のような顔が一番うまくでき、本人に送ったら喜んでくれた。幼い時から見続けてきた、さまざまな表情の最も美しい瞬間を凝縮できたのだ、と思う。(神原由美)