週刊金曜日 編集後記

1018号

▼歳月が過ぎ去る早さは、目の前の現実が瞬時に歴史になるような感覚を覚えさせる。2年前に安倍晋三が自民党総裁に返り咲いた以降の日々は、悪夢としか言いようがない。これもいずれ歴史として語られるようになろうが、12月14日でともかく終止符が打たれるのを期待するのは望み薄だろうか。
「政治家」と名乗るのもはばかられるほど幼稚で卑小な男が、かくも甚大にこの国の民主主義と経済を毀損したのだ。それでも安倍に半数以上の高支持率をくれてやった選挙民には、ただ絶句するしかない。思えば、安倍以上にこの国の未来を絶望的にした「小泉改革」とやらを嬉嬉として喝采したのも同じ連中だった。12月14日以降は、また別の悪夢を呼び寄せるだけの結果に終わるのだろうか。そもそも国政選挙が「国民の審判」の場だなどというのは、ブラックジョークなのだろう。「小泉改革」だの「アベノミクス」だのが「審判」の結果なら、選挙民は被虐趣味にでも興じていると解釈するしかない。そんな趣味と無縁な者にとっては、悪政の巻き添えになることほど憤慨の種はない。(成澤宗男)

▼「この秋は一増一減」――。国会と各省庁を行き来し、統治機構の改革を唱導しているロビイストから、こんな言葉を聞いた。官僚出身知事の数のことである。
 北海道の高橋はるみ知事は通商産業省(現経済産業省)、福井県の西川一誠知事は自治省(現総務省)、愛知県の大村秀章知事は農林水産省、鹿児島県の伊藤祐一郎知事は自治省……こんな具合にみていくと、47都道府県のうち官僚出身の知事が29人もいる。
 そしてこの秋、大蔵省と総務省をハシゴした内堀雅雄氏が福島県知事に就き、通産省出身の仲井眞弘多氏が沖縄県知事の座からおりる。原発と米軍。この国の戦後政治のありようがくっきりとあらわれている両県に潜む国の意思は、「一増一減」というフラット(平面)な視点だけでは理解できないような気もする。
「民主主義のありかたが問われている」。沖縄の新知事が投げたボールに、返球することもなく「国民の信を問う」と言ってのける首相。この首相を裏で操っているのは誰なのだろう。(野中大樹) 

▼毎年恒例の東京新宿・暮の紀伊國屋ホール「六輔年忘れ」が今年も開かれます。オークションを手伝ってはや10年。小室さんと千夏さんが歌う『老人と海』が私の“クリスマスソング”です。
 12月25日(木)は「新宿寄席」。江戸家まねき猫・高良鉄美・松元ヒロ・山根二郎・三遊亭小円歌・佐高信・矢崎泰久・外山惠理・永六輔。26日(金)は「六輔年忘れ・千穐楽」。オオタスセリさんの“コントDEオークション”、坂本スミ子・ジェリー藤尾・田辺靖雄・九重佑三子・小室等・中山千夏・李政美・こむろゆい・矢崎泰久・外山惠理・永六輔。
 開演時間・前売り・電話予約は64ページを参照してください。
 そしてすごく残念なのですが、創刊時からの長期連載「無名人語録」が12月12日号をもってお休みになります。『話の特集』で源流となる「芸人その世界」が始まったのが1967年、80年代に「無名人語録」に変わり連載継続。95年に本誌に引っ越し連載再開。
 それからでも19年という月日が経ちます。永六輔さん、ありがとうございました。(土井伸一郎)

▼切羽詰まり、婚活のサイトを何度か覗いたら、ホームページ上に婚活企業の広告が常に付いて回るようになった(苦笑)。煩わしい。
 閲覧者のウェブ上の行動履歴を解析して、その者に適した広告を配信する手法で“行動ターゲティング広告”という物らしい。個々の消費行動を監視。気味が悪い。
 ネット情報の取捨選択は自由選択のため、偏ったものになりがちだ。自分に都合の良い物や興味のある物しか選択しない。そこに件の仕組みが加われば、偏りの傾向はさらに強いものになるだろう。『pen』最新号の特集は「もうすぐ絶滅するという、紙の雑誌について」。ネットが新聞や雑誌に取って替わる媒体になると言われて久しいが、この企画の趣旨は、雑誌の利便性や可能性を説いたもの。ビームスの青野賢一氏は「事故的な出会いが雑誌の醍醐味」と語る。新聞や雑誌を捲ることでさまざまな情報が多角的に目に入り、そこから知識や教養は身につく。
 なるほど、“出会い”というのは安易にネット上に求めるものではないのか……。(尹史承)