1027号
2015年02月13日
▼「後藤さんは、アサド政権の空爆によって人々が死んでいるということをずっと言っていました。ですが、その部分を全部(テレビを放映する側が)切っちゃって、子どもや女性たちが大変だというただの一般論にしてしまった」
2月6日、東京都内で行なわれた緊急集会「後藤健二さんらのシリア人質事件を受けて今考える」の冒頭で、殺害されたとされる後藤さんと親交のあったジャーナリスト、安田純平さんはそう語った。
シリア内戦は代理戦争だという話があっても、げんに20万人以上の人が命を落としている。この状況を世界が見捨ててきたことも、「イスラム国」の勢力拡大の背景にはあると安田さんは指摘した。「イスラム国」の残虐性に非難が集中する中、彼らが生まれた背景についての検証は乏しい。後藤さんが映像で訴えてきたことに目を向けていきたい。(渡部睦美)
▼金曜日が移転する前に入っていたビルのそばには沈丁花がたくさんあり、春の訪れを告げる香りを毎年楽しみにしていた。花たちと離れるのは残念だったが、今度のビルの近くにも沈丁花の鉢植えがあるのを見つけて嬉しくなった。
2011年の春は、花を愛でる余裕などなかった気がする。スーパーには大量の食料品や生活品を買う人たちが並ぶ一方で、花屋は見向きもされず、しぼんでいく花たちに値下げ札がつけられた。それを見て、花は「平時」の彩りなのだとつくづく思い知らされた。
放射線量のことなど知らずクローバーを摘んできた幼い娘を「そんなものとってきちゃだめ」と叱ってしまったと、福島から避難した人が自らを責めていたが、なんともやるせない。
マスクをつけず呼吸する、布団や洗濯物を陽にあて干す、花を摘む……そんな当たり前のことがどれだけ幸せなことか、たくさんのものを失って私たちは気付いた。もう二度と繰り返したくない。繰り返してはならない。(宮本有紀)
▼「いま、憲法のはなし 戦争を放棄する意志」(台本・石原燃)。「非戦を選ぶ演劇人の会」のピースリーディングが先月、東京・国立市公民館主催で実施された。昨年、市民の「憲法連続講座」の後援依頼を拒否したあの教育委員会(公民館)が主催? と聞き驚かされたが、組織というものはそれを動かす人次第で良くも悪くもなるということなのだろうか、今年の「憲法連続講座」の後援依頼も拒否されなかったとのこと。
それに引き換え、その結果がどういう結果を引き出すかの判断もせず、中東で2億円拠出支援を得々として表明した安倍首相。周辺に異を唱える人はいないのか。
「演劇人の会」はイラク戦争が勃発したとき、平和を願う演劇人が「武力による外交手段に反対する」ための表現活動を始め、上演台本はすべて公開されている。今回の舞台には「安倍首相」も登場、セリフはすべて実際の発言とのこと。首相はいますぐ台本をダウンロードし「安倍首相役」の愚かさを自覚すべき時だ。(柳百合子)
▼フランスの新聞社襲撃事件では、驚くほど『シャルリー・エブド』のイスラム教への「風刺」表現に苦言を呈する人が多かった。しかしながら、日本人の私としては、そもそも日本社会はフランスにご意見できるほど差別のない外国人に開かれた社会なのかを問うておきたい。移民・難民の受け入れ体制がフランスに遠く及ばないのは、フランスで極右・排外主義と呼ばれる「国民戦線」の代表が、日本の外国人政策を理想的と言っている(『朝日新聞』1月27日)ことからも推して知るべきだ(これに限らず欧州の排外主義者が日本の制度を賞賛するのは珍しいことではない)。欧州では極右・排外主義者がやることを日本では法律と行政が代行しているとも言える。
他国の心配をする前に「朝鮮学校の無償化適用除外」など政府が正々堂々(!)と推し進める差別政策、難民認定の少なさ、非正規滞在者の強制収容所における劣悪な環境など、自国の中にあるさまざまな問題に向き合っていきたい。
(原田成人)