週刊金曜日 編集後記

1113号

▼移民などへのヘイトスピーチをまき散らして「アメリカを取り戻す」と煽動し続けた男を大統領選に勝利させた米国について、「衝撃」「分断」などと報じる日本のメディア。だが、「日本を取り戻す」と連呼して朝鮮半島や中国を敵視し、沖縄差別を繰り返す男をトップに据えているこの国は、むしろ、米国の先駆ではないのか。粗雑な図式を提示して選挙に勝利するパターンも瓜二つ。米国の未来を憂慮する前に、すでに分断に侵されている自分の国を顧みるべきでは。
「相模原障がい者施設殺傷事件を考える」第1回。精神科医の松本俊彦さんが拒否するのも、安易なストーリーで原因を特定し、それさえ除去すれば「安心・安全」とする粗雑な図式だ。深い知見と経験に裏付けられた鋭い分析からは、差別や排除によって各人が「孤立」させられているこの国の現在が浮かび上がる。連載は全4回の予定だが、私も重層的な視点を忘れないように心がけたい。(山村清二)

▼130人が死亡したパリ同時テロは約1年前の11月13日に発生。テロ翌日からパリを訪れた時の33句を中原道夫氏は、第12句集『一夜劇』(ふらんす堂、2016年10月)に収録している。〈服喪かな全土凍てつく燈を落とし〉〈血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は〉
 東日本大震災の句では〈鬼哭とは人が泣くこと夜の梅〉〈みちのくの今年の桜すべて供花〉(『萬の翅』(高野ムツオ著、KADOKAWA)が有名だ。大いなる出来事に遭ったとき、人は表現せずにはおられないのか。創作によって出来事は内省、記憶、昇華されるのか。新たな一歩への力となるのか。
 ボブ・ディランは実在の悲劇を数多く歌っている。初期のプロテスト・ソングは普遍的な苦しみや悲しみに貫かれ、いまも色あせない。「暴力的な時代」だからこそ、文化で抗うことの意味を見つめ直さなくてはならない。週刊誌の編集や出版も文化である。私は文化の力を信じている。(伊田浩之)

▼「人間火炎瓶」トランプ氏を、貧しい労働者たちが政治の中枢に投げ込んだ大統領選挙(マイケル・ムーア監督)。トランプ氏勝利は、政治、経済を牛耳る、都市の一部のエリートと制度への市民の「反乱」であった(グレン・グリーンワルド氏)。
 民主党、ヒラリー・クリントン氏のメールを公開したウィキリークスは、市民が最も参考にした情報源だった(フェイスブック統計)。その方法について、エドワード・スノーデン氏、ナオミ・クライン氏らは、情報の編集、プライバシー保護の必要性から批判した。しかし、ゴールドマン・サックス等からの莫大な資金を受けて利害を実現しようとする、「進歩派」ヒラリー氏の裏の顔を市民は直接知ることができた。ウィキリークス創設者ジュリアン・アサンジ氏は、メディアが情報を管理する「門番」型ジャーナリズムではなく、市民が直接チェックできる情報を提供する「科学的」ジャーナリズムの必要性を述べる。(樋口惠)

▼この夏101歳で亡くなった、むのたけじさん。直接お目にかかることはなかったが、ある集会販売に出向いた際、ロビーで張りのある声に気がつくと、むのさんの姿があった。壇上でも高齢とは思えないハイバリトンの美声でロビーにまで響き渡り、平和を願う歌声に聞こえた私の心を揺さぶった。
 遺言は「偲ぶ会はするな」でした。しかしその言葉や生き様は多くの人に影響を与え続けており、矢崎泰久さんや鎌田慧さんらが呼びかけ人となり、"偲ぶ会"ならぬ「むのたけじを生きる会」を12月8日(木)18時より東京神楽坂の日本出版クラブ会館で開催いたします。当日は立食形式のなかでトークショーを行ない、本誌コラムをまとめたブックレットもお披露目します。なお参加費は6000円です。参加を希望される方は「金曜日・生きる会」宛にハガキもしくはメール(Mail・book@kinyobi.co.jp)で住所・氏名・電話番号を明記の上お申し込み下さい。後日入場整理券を郵送します。(町田明穂)