週刊金曜日 編集後記

1156号

▼カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞した。イシグロは『わたしを離さないで』において、臓器の提供を運命づけられた世界を思索した。哲学者のハンナ・アーレントはこのような世界の一面について示唆的につぶやいている。
〈人間によって作り上げられた世界の全体は確かに効用の世界である。あらゆる事物は確かに手段であって、人間が事物にとっての最終目的である〉(『思索日記I』)
 アーレントの思索を独断で発展させよう。「効用」のまなざしがむけられる最果ての事物はなにか。それは人ではないか。身体提供を強要される人を考えると、ひたすらヒトを満足させるために存在する世界に気づかせられる。さてこの国では選挙があり、国民に効用物として生きることを強いる人々がいる。かつて炭鉱経営のために人を使い倒した一族の元首相。理屈をこねて低所得者に厳しい税を強いる官僚。文学の力を借りることで効用を求めるヒト世界の果てを想像したい。(平井康嗣)

▼ニヒリズムと、苦闘している。どうせ無責任な有権者のこと、これほどまで劣化した政権が好き勝手にしてきた4年近い歳月を苦にもせず、ウソばかりつく最低の権力者をまた喜ばす気なのだろうと、真摯に現実に向き合う気になかなかなれない。それを振り払ってペンを執らねばならぬ際、思いは現在と比較にならないほど抑圧された時代でも、抗うのを止めなかった人々の生き様に向かう。戦前の小林多喜二や宮本百合子、ドイツの「白バラ」のショル兄妹、学生時代に読んだ「韓国からの通信」に登場する名もなき人々――。すぐに頭に浮かぶ彼らと同じ立場なら、勇気を奮い起こせるかどうか確信はないが、自身の「甘さ」に気付かせてくれるのは間違いない。強圧的なだけの権力構造と変わらぬほど、一国の運命を左右する鍵を握りながら軽薄で、突き詰めた思考態度とは無縁な民で構成される大衆政治も、厄介きわまる相手なのだ。それでも前に進めるとしたら、亡き彼らの魂に背を押されているのかもしれない。(成澤宗男)

▼「AI(人工知能)を制する者が世界を支配する」とロシアのプーチン大統領が、先月述べました。AIの技術を一国で独占する気はないとしながら、予測できない脅威についても触れました。電気自動車や火星旅行を手がける、テスラ、スペースXのイーロン・マスク氏は、AIの開発競争が第3次世界大戦を引き起こす可能性があると述べます。
 安倍晋三首相は解散発表の会見で、アベノミクス成長戦略の一つ、生産性革命についてロボット、AI等の新しい技術の発展に触れています。しかし、AI、ロボットによるオートメーション化で多くの仕事が減る予測もあります。近い将来、新しい技術によって私達の生活はどうなるのでしょうか。
 英国の労働党コービン党首は党大会で、新しい技術を強欲な人々の手に渡すことなく、労働者がより多くの自由な時間とより高い賃金を得られる社会を実現することを述べました。誰が技術の主人公となるのかが重要です。(樋口惠)

▼千代田区神保町で毎年開かれている神保町ブックフェスティバル、昨年から参加していますが、今年も参加することになりました。昨年末にも書きましたが、この催しに尽力された岩波ブックセンター信山社会長の柴田信さんが逝去されたのが、ちょうど1年前の10月。11月には神保町のシンボル的存在だった岩波ブックセンターは閉店となり、ニュースにもなりました。
 レジに置いていただくことで、毎週多数の『週刊金曜日』と書籍を販売していただいていた同店について、最近部内で話題になったのは、毎週本誌を同店で買って下さっていた方々のその後。近隣の書店の売れ数は、同店の閉店後増えたものの売れていた数には及ばず。地元で買ってらっしゃるのか、買うのをやめてしまったのか。「岩波で買っていた」という方は、11月3日からの3日間『週刊金曜日』もブックフェスティバルに出店していますぜひお立ち寄りください。(原田成人)