週刊金曜日 編集後記

1164号

▼「普段飲むピルと、緊急時のアフターピルの違いがわからず、ごっちゃになっている若い人がけっこう多いんです」。大橋由香子さんと早川タダノリさんの対談(16~19ページに掲載)後、大橋さんがそんな話をこぼした。
 近年、未成年が子どもを出産し、遺棄または殺害するという事件が繰り返されているが、背景には、性教育バッシングにより避妊法を十分に教えなくなった性教育の問題もあると感じる。大橋さんによると、22歳をピークに「妊娠のしやすさ」が下がるグラフで問題になった2015年度の高校生向け副教材には、避妊法と中絶についての記述が少しだけ入ったが、16年度版は緊急避妊法は入ったのに中絶については削られたという。まるで「間違い探し」のようだ。
 包括的な知識がないと、私たちは選択できない。妊娠についての「知識不足」を口実に偏った選択肢ばかりが提示されては、「産み育てる」構造に否応なしに取り込まれてしまう。(渡部睦美)

▼以前、「本箱」欄で紹介したことのある『新しい聖書の学び』(新教出版社)の著者、神学者の山口里子さんの講演会に参加した。
 イエスの生まれたローマ帝国支配下のパレスチナは、帝国に財産や故郷を奪われ、奴隷にされた人々が多数いる「暴力的な世界」。当時は病気や災害は神の罰と考えられ、過酷な労働と栄養不足から心身を病む貧困層は、神の罰を受ける者という偏見にも苦しめられたという。仕事柄、富裕層の豪奢な生活と、餓死寸前の貧困層との激しい格差を知るイエスは、社会の不公正な構造が明確に見えたのではないか。そしてこの「貧困・病は罰」という価値観を変えることで、蔑まれた人々の「癒やし人」になっていった、というようなお話で、キリスト教徒ではない私にも、とても興味深い内容だった。
 格差社会、はびこる偏見と差別、過酷な労働、国家による弾圧......現代も同じだ。イエスのように一人に苦しみを背負わせず、民衆の力で構造を変えたい。(宮本有紀)

▼非戦を選ぶ演劇人の会おきなわ・ピースリーディング2016台本(作・宮城康博)の『9人いる!憲法9条と沖縄』を先月、東京都国立市公民館ホールで市民が演じた。しかし舞台の出演者は終盤まで8人のみ、あと一人は? 開演前、出演者の一人から、「1946年6月の帝国議会での憲法審議に、沖縄は参加できなかったこと、台本を見て初めて知ったの!」と興奮気味に語るのを聴かされてはいたのだが......。
 45年、米国の思惑から改正衆議院議員選挙法附則4項で沖縄県民の選挙権が停止され、翌年4月の総選挙で沖縄選出の国会議員はゼロになっていたのだ。沖縄の意思は表明されないまま、沖縄の軍事基地化を前提に憲法が制定されてしまったという。9人目の出演者ともいうべき憲法9条は「自分たちの胸の中にある。自分たちで実現しなければ」という出演者たちの言葉を自分のものとして受け止めたい。(柳百合子)

▼1937(昭和12)年12月13日、中華民国の首都南京市は陥落。入城した日本軍による虐殺事件の象徴的な日として記憶されるこの日から80年、平和憲法を持つ平和国家として再出発したとされてきた加害国日本は、その憲法の改悪が目前に迫ろうとしている。
 戦争加害を問おうとする人びとに投げつけられる「反日」というレッテルは、戦前と戦後の連続性という現実を否応なく私たちに突きつける。ドイツでナチスドイツを非難して、反独というレッテルを貼られるだろうか。平和憲法に迫る危機を思うとき、戦後の平和や平和教育もまた問いなおす必要があるだろう。日中戦争などの加害の歴史と向きあってこそ、平和憲法の真の意義と未来への展望が生まれる、12月17日に本誌24周年記念集会として日本教育会館で開かれる集会はそんな問題意識から企画しています。本誌編集委員(予定)や笠原十九司さん、纐纈厚さん、森達也さん、松元ヒロさんらにご出演いただくほか、劇団俳優座のみなさんによる演劇もあります。ぜひ、ご参加をよろしくお願いいたします。
(原田成人)