1210号
2018年11月23日
▼ベトナム戦争中の1968年3月16日、クアンガイ省ソンミ村(現ティンケ村)で米兵が村民504人を殺害した「ソンミ村虐殺事件」が起きた。非武装で無抵抗の多数の一般人を虐殺したことで、米軍は支持を失い、事件はベトナム反戦のシンボルともなった。
50年後の今年、事件をスクープしたジャーナリストのシーモア・ハーシュ氏が回想録を出版した。ワシントン在住のジャーナリスト、池原麻里子さんが回想録をもとに、スクープまでの経緯を詳細に記してくれている(詳しくは本誌32~33頁をご覧ください)。
米下院のスタッフなどから、報道しない方がよいとの警告を受けながらも、ハーシュ氏は果敢に取材を行ない、ついにスクープをものにする。もし、彼が警告に屈して事件を報じなければ、米軍の犯罪は闇に葬られたかもしれない。81歳になっても「記者魂」を失わず、精力的に取材を続けるハーシュ氏。私もそのようなジャーナリストを目指したい。(文聖姫)
▼先日、本欄で私個人のがん再発について書いたところ、読者をはじめ、さまざまの方から、心配と激励の言葉をいただいた。同じく本欄で触れた、小社の経営危機と、そうした中での小誌の役割についての記述に対しても、多くの読者やご執筆者の方から、ご賛同とご協力の言葉をもらった。小誌がたくさんの方々の温かい気持ちに支えられていることを、改めて実感するとともに、この場を借りて御礼申し上げたいと思います。
船が沈む危機にあるときほど、人間性が出るといわれる。いち早く逃げ出すだけでなく、後足で砂をかけるひともいれば、あえて、乗り込んで舵をとるひともいる。私自身は体調さえ維持できるなら、諦めずにオールを漕ぎ続けたい。と同時に、『週刊金曜日』という船に乗る一員として、この国が進み行く先に危機を覚える以上は、微力でも方向を転換するべく努力したい。
次号特集では、規制や排除が日常化しつつあるこの国の空気の実態に迫る。いま、そこにある危機に敏感であるために。(山村清二)
▼年を重ねるごとに病院へ行く機会が増えてきている。そんなある日「健康格差」という言葉にであった。その象徴とも言える65歳以上の低所得者の死亡率が、高所得者より3倍高いというデータ(日本老年学的評価研究プロジェクト・2008年発表)があることに驚かされた。
テレビなどで、高所得者ががん治療などで、われわれが耳にすることもないような高度の治療を受け、元気になったというニュースを見るたびにお金のない人はどうすりゃいいのよ、と嘆いていたものだった。貧しい人が同じ病気になったとしても、同じ治療が受けられるはずもなく......その延長として死亡率に直結してしまったのだろうか。地域間の医療格差というのもよく耳にするが、医療を受けるために比較的恵まれた地域に住んでいたとしても、治療費のことを思い医者へ行かずに我慢している人も多いのではないだろうか。だとすればこれは個人の問題などではなく、社会の問題と言えるのではないか。(柳百合子)
▼5月1日の新天皇即位に伴い、話題になっていた来年の10連休がとうとう閣議決定した。ちなみに、小誌の来年の発行予定は4月26日号と5月3日が合併号になり次は5月10日号となる。休み明け7日から稼働すると搬入日まで2日しかない。仕事に支障をきたす連休なんて勘弁願いたい。
消費税増税もどうなるか。店頭価格を上げるとしても定期購読価格はどうするべきか、悩ましい。新聞が軽減税率を適用されれば、雑誌の定期購読はどうなる? そもそも商品券を配るくらいなら、増税なんてやめちまえ。安倍政権は思考停止している。生活者目線で思いをめぐらせてこその行政だ。ボーっと生きてんじゃねーよ。
最後に、かくいう私も反省の弁。創刊25周年記念集会でのこと。アンケート回収について、ある人から「回収するなんて上から目線だよ。お預かりしますでしょ」と指摘された。たしかにお客様に対して失礼でした。ご協力いただいた読者様、失礼をお詫びするとともに感謝申し上げます。(原口広矢)