週刊金曜日 編集後記

1274号

▼いまから20年ほど前の1998年11月、ひとりの青年が交通事故で亡くなった。
 下川浩央さん(当時26歳)はオートバイでの長い旅の途中、熊本の阿蘇山をまっすぐおりてきた国道の交差点近くを走行中、横から突然進路変更した乗用車に巻き込まれた。救急搬送されたが、駆けつけた家族と言葉を交わすことなく2日後に命を落とす。乗用車を運転していたのは町の有力者の娘だった。
 実況見分した警察も、司法の側の鑑定人も、そして熊本と東京の裁判でも、浩央さんが止まっている乗用車に自らぶつかったという判断をくだした。怒りが抑えきれず東京地裁の法廷で、裁判官に向かって数珠と自分の靴を投げつけた父の正和さんを私は見ている。
 下川正和さんは20年にわたり、物理工学的アプローチを踏まえ、事実の究明に心血をそそいだ。どう考えてもおかしい。こんなことが再び起こってはいけない。そして今年、1冊の本を出した。『ひろ 交通事故冤罪に巻きこまれて』(高文研)。3月には、全国の交通事故の冤罪を監視し、被害者の人たちと情報交換を共有する場として、市民組織「一般社団法人ひろの会」(URL・https://hironokai.org/)を立ち上げた。ホームページを覗いてみてほしい。(土井伸一郎)

▼新型コロナウイルスの影響でマスクが手に入らない。ドラッグストアもスーパーもどこも「完売」である。少しでも入荷すると、店の前に長い行列ができる。いつも食材や日用品を買う近所のスーパーでも、SNS上のデマの影響からか一時期、トイレットペーパーやティッシュペーパー、米、ラーメンなどの棚がガラガラになった。
 今回の「デマ」に対して、まずは冷静になること、このような状況だからこそ社会の安定性を回復するための協調的な行動が求められていること、を思った。しかし現実的に入手困難だし、家の在庫も少ないので手に入るならば買ってきてほしいと妻に言われ、近所のスーパーに買いにいくと棚には2個しかなかった。現在、トイレットペーパーの在庫は少し回復したようだが、マスクを筆頭に除菌関連の棚はいまだに品薄のままだ。
 社会的不安を打ち消すために、デマかもしれないと思いながらも「安全・安心」を確保するという大多数の人々の欲求は、平常時には正常に機能していた「メディアリテラシー」という情報セキュリティーを曖昧にしてしまう。
 マスクは妻がミシンで手作りした。世界はこれからどうなるのか見当もつかない。地球規模の人類の歴史が今、大きな転換点にあることは間違いない。(本田政昭)

▼今、私たちがやろうとしていることは「愛し合う2人の結婚を認めよう」としているだけです。ただそれだけです。外国に核戦争をしかけているわけではありません。農業を壊滅させるウイルスをばらまこうとしているわけでもありません。法案が通っても太陽は昇ります。住宅ローンが増えたりしません。この法案が通ることは、影響がある人にとっては素晴らしいものです。でも、そうでない人にとっては人生は何も変わったりしません......。
 これは2013年、ニュージーランドで同性婚を認める法律が成立した時の国会でモーリス・ウィリアムソン議員がしたスピーチのごく一部。聖職者による「同性愛者たちによる猛攻撃が始まる」などの迷信的懸念を、ユーモアに満ちた発言で打破する感動的なものだった。さすがは議員。一方、我が国の議員は甚だ情けない。3月10日の愛媛県議会で森高康行県議(自民)が「安易な選択的夫婦別姓は犯罪が増えるのではないか」という趣旨の発言をしたという。
 先のスピーチは、選択的夫婦別姓制度にもあてはまる。「別姓にしたい2人の結婚を認めよう」としているだけ。同姓にしたい人の人生は何も変わらず、もちろん犯罪も増えない。(宮本有紀)