週刊金曜日 編集後記

1331号

▼今号の「水俣」特集はいかがだったでしょうか。冒頭19頁の「ある老漁師の話」は、永野三智さんが自身のSNSで公開している聞き書きの一つです。
 この「老漁師の話」を初めて読んだとき、最初は黙読していたのですが、言葉のリズムに魅せられて、小さく声に出して読んでみました。すると、身体の中に空気のような、エネルギーのような、ともかく目には見えない何かがどんどん入ってきて、身体全体に充ちていきました。そして、最後の「そげんするうちに戦争が終わって、水俣病が始まったもね」と声に出した瞬間に、身体に充満していたものが一気に爆発して、大声で叫びたい衝動にかられました。電車の中だったので我慢しましたが。
 その後も声に出して読み返すたびに、身体から何か張り裂けそうになる感覚に襲われています。
 永野さんが聞き書きされた老漁師の話は、水俣病の劇症被害以前の話なのに、なぜそこまで心が揺さぶられたのか、今回の特集を編集し終えた後も、まだ自分でもわかりません。ただ、もし良かったら朗読してみてください。できたら、大声を出してもかまわないところで。(植松青児)

▼あれも一種の「拘束」だったのだろうか。パレスチナ自治区ジェニン難民キャンプで第2次インティファーダへの弾圧としての虐殺があった2002年の夏、ベングリオン国際空港に降り立った私は、入国管理官に別室に行くよう指示され、そのまま4時間以上、殺風景な取調室に「監禁」された。
 最初の間は、今回の入国目的、ジャーナリストを名乗っていたのでズバリ取材目的についていろいろと聞かれ、のらりくらりと応えていると「ヨルダン川西岸には行くのか」「ジェニンには行くのか。現在は入域禁止だから行かないように」と具体的に通告され、誓約書のようなものを書かされた。
 何度目かのイスラエル入国で、私が特に目をつけられていたのかは不明だが、投宿先に着いたらプレスセンターで記者登録するように求められ、検閲まがいの指示も受けた。紛争地での取材は様々な困難が伴うし、原稿が日の目を見るためには妥協も必要だった。
 しかし、国際法違反の占領=「武力による実効支配」や、ユダヤ教・キリスト教の原理主義者らのレイシズムを不問にして、ハマスだけを「ガザを実効支配するイスラム原理主義武装組織」と書き煽る感性は、私は持たない。(本田雅和)

▼大腸がん検診のリピーターが7割にとどまっていた東京・八王子市では、受診者を増やそうとある方法を試みた。Aグループには「今年度、大腸がん検診を受診された方には、来年度、『大腸がん検査キット』をご自宅へお送りします」、Bグループには「今年度、大腸がん検診を受診されないと、来年度、ご自宅へ『大腸がん検査キット』をお送りすることができません」と書いたはがきをそれぞれ送った。すると、Bグループの受診率はAグループより7・2%多かったという。「損をしたくない」という心理が働いたからだ。これは「ナッジ(Nudge)理論」を応用したものだ。「ナッジ」とは、「肘でそっと突く、軽く押す」という意味で、小さなきっかけを与えて人々の自発的な行動を促す戦略だ。コロナ禍、スーパーのレジ前などでよく目にするのが床に貼られた足形のシールだ。不思議なもので、客は自然とその足形に沿って並ぶ。それでソーシャル・ディスタンスが保たれる。人は強制されてもなかなか動かない。だからといって、完全に自主性に任せても何をしてよいのか迷う。少しのきっかけがあれば、人は自発的に動く。「ナッジ理論」、さまざまに応用できそうだ。(文聖姫)

▼8月に予定していた高校の同窓会が、今年も中止になった。7月の東京五輪はどうなる。日本を渡航中止勧告にした米国は果たして選手団を派遣するのか? 感染拡大が止まらない日本で開催は無理、五輪はやめよう。
 さて、ここからは、やめないと都合が悪い「俺の家の話」である。
 ある番組のプレゼントにスマホで応募した。ふと見ると別サイトで10万円当たるとあったので、それもついでに応募した。年齢と居住地を選んでメールを送信。すかさず事務局からエントリー完了のメールが来たかと思うと、見ず知らずの女性から次から次へとメールが届く。文面は生々しくて書けないが、要はこれから会いませんか、ということだ。これっていわゆる「出会い系」ってやつ? 恥を忍んで同居人に話すと「せっかくだから会ってくれば」と冷たく返された。違う、俺は無実だ。解約したいがどうしよう。そうか退会メールしてみるか。すると事務局から「お客様は300万円プレゼントの対象者である。当選したら権利が無効になるがよいか」との返信。権利を放棄して退会したら、誘いメールは来なくなった。いやはや。いみじくもSNSの闇を垣間見た気がした。(原口広矢)