週刊金曜日 編集後記

1399号

▼沖縄出身の作家でハンセン病回復者の伊波敏男さんは著書で書く。14歳で罹患がわかり療養所に行く前日、父親が伊波さんを前に三線を弾き、ある唄を聞かせた。当時はわからなかったが、40年後に伊波さんが歌詞を頼りに探し当てると、それは琉球古典の「散山節」、生者を前には歌わない別れの歌だった。伊波さんは3年後、勉学のために当局の許可を得ず、父親と一緒に船に乗り、本土の療養所に向かう。万一ばれたら父は伊波さんと一緒に海に飛び込む覚悟だったことを後で知る――。

 父は自分の命を賭けても惜しくない子に「散山節」を歌った。強制隔離の残忍さを思い知る。そのような差別政策を許してはいけないと思う。同時に、意味はわからずとも子がその記憶を大切に持ち続ける――その心の通い合い、そこに歌があることに胸がつまる。

 今週号で沖縄民謡を次世代に伝える活動について語る宮沢和史さんがまぶしく見えた。(小林和子)

▼政府は2024年秋を目途に現行の紙の健康保険証を廃止し、その機能をマイナンバーカードに一本化することを表明した。保険証の廃止は、本来任意であるはずのマイナンバーカード取得が事実上義務化されることを意味する。

 現在のカード取得率は5割ほどで、多くの市民がその運用や管理に懐疑的だ。「カルト系宗教団体と癒着する政権に個人情報は渡せない」「隠蔽、改竄が横行する自民党に管理は無理」「監視社会そのものだ」などの意見もある。

 自民党のデジタル社会推進本部の本部長を務める平井卓也衆議院議員は、「マイナンバーカードの活用の是非をいちいち国民に聞いて進めるものではない」「反対があってもやり切ることが重要だ」と述べたが、それはあまりに乱暴だ。事前に市民に丁寧に説明し、国会で十分な審議を経て理解を得ること。それを放棄し、強行するのなら独裁国家と同じである。岸田首相自ら長所と宣った「聞く力」とは何だったのか。(尹史承)

▼破壊され、茶色く錆びた戦車の前を真っ赤なワンピースの女性が通り過ぎていく一枚の写真。戦車には、ウクライナの人々が書いた故郷など町の名前が。ソ連からの独立を祝う今年の8月24日、キーウ(キエフ)中心部の通りにロシア軍が残していった戦車や装甲車など50台以上が並べられ、多くの市民らでにぎわったという。

 写真家の渋谷敦志さんが8月にウクライナを取材、写真展「A Mind of Winter 2022」が10月30日(日)まで東京・八重洲で開催されていた。ロシア軍に監禁され、亡くなっていく人の名前を記し、一日一日を壁に刻みながら生きる望みをつないだという女性の写真も。「ウクライナの空の下で生きる人たちのことに関心を持ち続けてほしい」と渋谷さん。

 会場にはインスタントカメラで撮った写真も展示され、3週間の取材行程が別の角度からも見られておもしろい。取材中にもらったという人形は、私が先日入手したウクライナ避難民が作った「モタンカ」に似ていた。(吉田亮子)

▼アントニオ猪木の訃報を伝えるニュースで久々にプロレスを見て、改めておもしろいなーと思いました。プロレスの大ファンというわけでもなく、まあでも、やっていれば見る程度の私にとって、プロレスに触れる機会といえば、テレビのプロレス番組がちょうどよかった。ですが、いつごろからでしょうか、地上波テレビのプロレス番組がなくなったのは。女子プロも、「ビューティービューティー、ビューティーペア~♪」(年がばれる)とか大人気でしたよ。

 なくなっちゃったスポーツ番組といえば、野球中継もそう。最近は復活しつつありますが、夏の夜、お父さんが晩酌しながら野球中継を見て巨人を応援するという昭和の風景は、今や望むべくもないという感じですね。

 プロレスの話に戻ると、単行本『不謹慎な旅』(弦書房)でミゼットプロレスを取り上げています。重版出来、ご一読を。(渡辺妙子)