週刊金曜日 編集後記

1486号

▼マリー・アントワネットだったら、「お米がなければ、お寿司を食べればいいじゃない」とでも言うのかな?(しかしマリー・アントワネットは「パンがなければ~」とは言っていないらしい)

 とにかくお米がありません。どこのスーパーに行ってもお米の棚はからっぽ。あるのは「サトウのごはん」だけ。それも日に日に在庫が少なくなっています。

 昨年の天候不順で生産量が少なかった。一方で、お米の消費が増えている。だから米不足ということらしい。農林水産大臣は「主食用米の需給は逼迫した状況ではない」と言うけれど、ここまでないのに「逼迫していない」とはどういう了見なのでしょうか?

 今週号はマイナ保険証について特集しました。12月から保険証が使えなくなると思い込んでいましたが、今の保険証はまだ使えるとのこと。一安心は一安心ですが、根本的にマイナ保険証への一本化はやめてほしいです。(渡辺妙子)

▼シーンと静まりかえった校庭。夏休みが終わればまた、生徒たちのにぎやかな声が戻ってくる。

 文部科学省が公立の小中学校の週当たりの授業数の削減を促す方針であることを報道で知った。「中央教育審議会の特別部会が7月下旬にまとめた答申案では、年間を通じて教員の業務の偏りをなくす観点から『必ずしも週29単位時間の授業を実施する必要はない』との見解を示した」(時事通信)という。年間の授業時間数削減をしない限り、授業実施日を増やすことになる。そうなると夏休みは短くなってしまうのかな。

 教員の労働環境が大切だというなら、教員数を増やして負担を減らせばいいんじゃないかな。長い休みだからこそ子どもたちはのびのびと豊かな体験を楽しむことができる。小手先の「改革」が取りやすいところから大切なものを奪い、夏休みの輝きがあせていく。

 公園を通ると落とし物。大きな浮き輪と小さな靴。(小林和子)

▼Harvard,do you hear us?(私たちの声が聞こえていますか?)。米ハーバード大学の卒業式で一人の女性が今夏、卒業生代表として記念スピーチに立った。Shurthi Kumar(シュルティ・クマール)。ネブラスカ大平原のトウモロコシ畑でインドからの移民の娘として生まれ育ち、一族で初の大学生となった。言語を知らない両親に尋ねても願書の書き方も分からなかった。無知に無力を感じた。歴史学という学問の存在も知らなかった少女は大学で多くを学んだ。歴史から消されてきた誰かの声も。

「卒業できなかった学友13人のことを忘れてはならない。キャンパスでの表現の自由や市民的不服従を認めない大学当局の不寛容に私は深く失望している。1500人以上の学生、500人近い教員の抗議にもかかわらず。ガザでの分断と民族差別、人々は暴力と死に直面している。その痛みを感じられますか」。インターネットで検索し、彼女の胸に宿る静かな怒りの炎を見てほしい。(本田雅和)

▼かつて介護雑誌を編集していたとき、認知症の人の「回想法」に役立てられたらと始めた連載があり、その中で1970年の「大阪万博」を取り上げました。万博の年に結婚されたという読者は、誌面で美容室の同僚たちとの2泊3日の万博旅行の話をしてくれました。

 その一環として、東京・港区の岡本太郎記念館館長の岡本敏子さんを2005年2月に訪ねました。「万博のテーマは『人類の進歩と調和』ですが、岡本太郎さんは『人類は進歩なんかしていない、というのが私の考えです』と述べています」「太陽の塔は、日本全国の子どもたちが絵に描きました。彼は『あの団子っ鼻がいいだろう』と言っていました」「岡本太郎さんを一言で表すなら『男の子』。何かをやっているときは夢中になっているし、子どもと同じです」

 取材時の言葉が蘇ります。岡本敏子さんは、その年4月に亡くなられました。「言葉の広場」9月のテーマは「万博」です。ご投稿をお待ちしています。(秋山晴康)