週刊金曜日 編集後記

1358号

▼NHKスペシャル「法医学者たちの告白」のディレクター木寺一孝さんに、司法制度の課題を報告してもらった(本誌9月13日号)。2005年に女児が殺害された「今市事件」で、科学的知見が法廷で軽視された事例は衝撃的だ。殺害現場が茨城県内の山林とみた捜査当局は一審で、ルミノール反応で青く光った現場写真を証拠として提出。だが、控訴審で弁護側が血液をまかずにルミノール検査薬をまく実験をしたところ、酸化鉄に反応して落ち葉が光り出した。当局の見立てと異なる結果を受け、裁判長は検察官に訴因変更を促し、殺害現場は「栃木県内か茨城県内またはその周辺」に。元裁判官の木谷明さんは『朝日新聞』の取材に対し、「(訴因変更ではなく)せめて一審に差し戻すべきだった」と批判している。司法解剖の結果と、犯人とされる勝又拓哉受刑者の供述が異なることは一審でも指摘されていた。矛盾点が放置されたままでよいのだろうか。「(裁判では)科学が都合良く編集されてしまう」という法医学者の告白は、深刻に受け止めたい。(平畑玄洋)

▼「メットをかぶれ」「生まれ変われ」──。破壊と創造を体現する轟組は健在だった。

 扉座主宰の横内謙介さんが書いた『ドリル魂2024』の東京・墨田区の公演のことだ。舞台は零細建築会社の現場。ダボシャツ、ニッカポッカに腹巻き、地下足袋、イボイボ軍手のいでたちで、シャベルで掬い、ツルハシを振りあげ、ドリルでガガーッと突き進んで踊り歌う。圧巻の空中パフォーマンスには17歳の女子が挑んだ。横内作品にはいつも人間の愚かさや醜さがいやというほど描かれる。だが、壊して創るという根源的な営みに、無欲で挑む不屈の人間精神を見る。

 コロナ禍以降、舞台から正直、足が遠のいていた。だが、夢中で拍手する自分に"芸術が人間の生存にとって不可欠"であることを実感し、胸が熱くなった。

 破壊と創造といっても、自らが破壊した社会の現場を検証せずに、うまい汁の新しい分割方法を、美しい言葉で競い合うどこぞの政党の恒例イベントとは対極にある。人間の労働と芸術行為への賛歌だ。(小林和子)

▼一向に秋の気配が感じられない今日この頃ですが、月はとてもきれいです。夜空に浮かぶ月を見て、みなさんはどんなことを思いますか? 「ウサギが餅をついているなー」でしょうか? あるいは「かぐや姫は元気かしら?」でしょうか?

 私は違います。月を見上げて思うのは、「今頃月の裏側から、三体艦隊が、地球に向けて『水滴』を飛ばしているかもしれない」とか、「今頃どこかの宇宙のどこかの惑星が、低次元展開されてしまっているかもしれない」とか、「今頃どこかの国のタンカーがナノテク攻撃されているかもしれない」などです。なんじゃそりゃ? とお思いの方は、ぜひ『三体』をお読みください。自分で書いておきながら、ここに書いたことを説明できないのです。すみません、難しくて。

 ぼつぼつ、スーパーの棚に新米が並び始めましたが、先日見たのは千葉の新米で10キログラム7000円弱(税込み)。もうお米は、贅沢品になってしまうかもしれませんね。(渡辺妙子)

▼東京・門前仲町に麦とろ飯と田楽で知られた老舗がありました。そこで出される料理の中で、いつもお代わりを頼んだのがイカワタたっぷりの旨味が凝縮された塩辛でした。あるとき、店主の孫である知人から「祖父が散歩中に倒れて亡くなった。塩辛は祖父しか作れず、誰もレシピを引き継いでいない」と聞きました。訪ねてみたら、確かに塩辛の味は一変しており、その後、惜しまれつつ閉店してしまいました。

 今年1月まで住んでいた町に、1955年創業という酒場があります。もつ焼きや煮込みの美味しい店ですが、そこに門前仲町の老舗と同じ味の塩辛があったのです。以来、週に一度は途中下車するなどしてお邪魔しています。女将さんの笑顔に迎えられ、まずは升入りのたる酒を注文し、塩辛をつまみに一杯。ムロアジ、トビウオ、ミニくさやの3種類(時期によりトビウオがないことも)からの"くさや選び"を楽しむこともできます。「言葉の広場」10月のテーマは「私と料理」です。ご投稿をお待ちしています。(秋山晴康)